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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)7139号 判決

原告

株式会社大晃化成

原告

キング製品販売株式会社

原告

株式会社立石春洋堂

被告

中川浩

主文

一  被告は、登録第1497642号の特許権に基づいて、原告らに対し、別紙物件目録記載の使い捨てカイロにつき、その製造、販売の差止を求める権利を有しないことを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

主文同旨

第二事案の概要

一  (争いのない事実)

1  被告の特許権

被告は、左記の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を有する。

(一) 発明の名称 金属発熱体

(二) 出願日 昭和51年11月13日(特願昭51―136644)

(三) 出願公告日 昭和61年3月12日(特公昭61―008116)

(四) 登録日 平成元年5月29日

(五) 登録番号 第1497642号

(六) 特許請求の範囲

「1 鉄の微粉末と、塩化物と水を含ませた活性炭に二酸化マンガン、酸化第二銅、四三酸化鉄のうち一種または二種以上を適宜混合し、通気性のある袋に入れてなる金属発熱体。」(別添特許公報参照)

2  本件発明の構成要件

本件発明の構成要件の分説は、次のとおりである。

A 鉄の微粉末と、

B 塩化物と水を含ませた活性炭に、

C 二酸化マンガン、酸化第二銅、四三酸化鉄のうち一種または二種以上を適宜混合し、

D 通気性のある袋に入れてなる、

E 金属発熱体。

3  原告らの製造販売行為

原告株式会社大晃化成は業として別紙物件目録記載の使い捨てカイロ(以下「イ号物件」という。)を製造し、これを原告キング製品販売株式会社及び同株式会社立石春洋堂に販売し、右原告両社は業としてこれをスーパー等に販売している。

4  確認の利益

被告は、イ号物件の製造販売が本件特許権を侵害する行為であるから、本件特許権に基づいて、原告らに対しイ号物件製造販売差止請求権を有すると主張している。

二  (主たる争点)

本件の主たる争点は、イ号物件が、本件発明の構成要件Cの「二酸化マンガン、酸化第二銅、四三酸化鉄のうち一種または二種以上を適宜混合し、」を充足するか否かである。右争点に関する当事者の主張は、次のとおりである。

1  被告の主張

(一) 本件発明の構成要件Cの解釈

本件発明の特許出願願書に添付した明細書の特許請求の範囲(「特許請求の範囲」と略記する。)には、「四三酸化鉄」と明記されているが、他方、同明細書の発明の詳細な説明(「発明の詳細な説明」と略記する。)には、「実施例を作成する前の段階として、これら特許請求の範囲の塩化物と実施態様として酸化物を組合せた実験を行い次のような基礎結果を得た。1 塩化物を減らし、酸化物を増していくと発熱開始までの時間が短くなり、且保存期間(密封して)も短くなる。2 酸化物を減らし、塩化物を増していくと発熱開始までの時間が長くなり、且保存期間も長くなる。全く酸化物を助剤として入れないと、その保存期間は長年月となる。3 酸化物は酸化数が多いと発熱反応が早い。」との記載(公報3欄7行~17行)がある。これは、「特許請求の範囲」にいう「四三酸化鉄」は、必ずしも四三酸化鉄のみに限られるものではなく、鉄の酸化物であれば何を使つてもよいことを示すものである。また、本件特許出願拒絶査定に対する審判請求事件において、出願人である被告は、特許庁審判長よりの尋問書に対する回答書を提出し、右回答書中において鉄の酸化物三種(四三酸化鉄、酸化第一鉄、酸化第二鉄。以下これらを一括して「酸化鉄類」という。)の機能、効果をグラフにより明示したうえで、四三酸化鉄のみならず酸化第一鉄、酸化第二鉄が「特許請求の範囲」に含まれることを明らかにしたところ、特許庁はこれを容れて本件発明を特許したという経緯がある。このように「発明の詳細な説明」の記載及び本件発明が特許された経緯を参酌すると、本件発明は、鉄の微粉末と塩化物と水を含ませた活性炭に、実施態様として酸化物を併用することを特徴とするものであると解すべきであるから、本件発明の構成要件Cにいう「四三酸化鉄」は、必ずしも四三酸化鉄のみに限られるものではなく、酸化鉄類全部を含むものである。

仮にそうでないとしても、前記発明の詳細な説明の記載、特に「酸化物は酸化数が多いと発熱反応が早い。」との記載(公報3欄17行)を見れば、当業者であれば、右にいう「酸化物」は酸化鉄類全部を指す文言であると容易に理解でき、しかも、本件発明を実施するにあたり、四三酸化鉄を他の酸化鉄類に置き換えても実質的に同一の方法で実質的に同一の機能を達成し、同一の効果を得るのであるから、四三酸化鉄以外の酸化鉄類は、本件発明の構成要件Cにいう「四三酸化鉄」の均等物である。

(二) イ号物件における「鉄粉」の一部酸化(酸化剤)

鉄粉は自然法則上経時的に酸化し、酸化第一鉄、酸化第二鉄、四三酸化鉄となる。いわば、鉄粉は自然法則上潜在的四三酸化鉄であるから、イ号物件は、潜在的四三酸化鉄を原材料として使用していることになる。

ところで、イ号物件が「鉄粉」と「活性炭、バーミキユライト、ケイソウ土、吸水ポリマー(PSA樹脂)、塩水の混合物」とをそれぞれホツパーより内袋に入れる方法をとつているとしても、ホツパーより内袋への流入の時及びその後の製造工程、流通過程における製品の反転、移動、運搬等によつて使用開始時までに、これらの原材料が「適宜混合」されることにより鉄粉の一部が酸化して酸化鉄類に化学変化する。また、イ号物件の製造工程において、原材料の鉄粉は、内袋に詰められる前に他の原材料と攪拌、混合されるから、この段階(以下「中間工程」という。)でも既に一部が酸化して酸化鉄類に化学変化している。このようにイ号物件の製造時から使用開始前までに原材料である鉄粉の一部が酸化することは、当業者であれば充分に理解できる範囲の事項であるから、右酸化は原告らにおいて充分に計算された人為的な酸化であり、単なる自然法則上の経時的な酸化ではない。

もつとも、右中間工程で原材料の鉄粉の一部が酸化してできるのは、酸化第一鉄、酸化第二鉄であつて、四三酸化鉄ではないが、酸化第一鉄や酸化第二鉄も、本件発明の構成要件Cにいう「四三酸化鉄」に含まれるか、そうでないにしても、その均等物であるのは前記のとおりである。

(三) イ号物件における酸化剤の「適宜混合」

イ号物件の通気性のない外袋(密封袋)には、外袋を破り、通気性のある内袋を取り出し、よく振つて下さいとの使用方法が記載されているが、この通気性のある内袋を取り出し、よく振ることは、急速に発熱させるためであり、製造時から使用開始前までに一部が酸化した原材料である鉄粉を、さらに水と食塩と空気を混合させて、その未酸化部分を酸化第二鉄、四三酸化鉄に化学変化させることにほかならない。このように、イ号物件の使用時に外袋より内袋を取り出し、内袋を振りながらその内容物(組成物)を混ぜ合わせると、未酸化の鉄粉がイ号物件の製造時から使用開始前までに生成していた酸化鉄類により急激に酸化されて発熱するから、イ号物件においても酸化鉄類を意識的に酸化剤として使用し、かつ適宜混合していることになる。

本件発明においては、鉄の微粉末(鉄粉)と酸化剤の混合比率を限定しておらず、かえつて混合比率は適宜選択することができるとしているから(公報4欄33行~34行)、仮にイ号物件の使用開始前に生じる酸化鉄類(酸化剤)が微量であるとしても、イ号物件は本件発明の技術的範囲に属する。

2  原告らの主張

(一) 本件発明の構成要件Cの解釈

本件発明の構成要件A及びBの「鉄の微粉末と、塩化物と水を含ませた活性炭」との構成、すなわち発熱組成物たる鉄粉と塩化物、水、活性炭については、本件発明の出願前である昭和51年2月21日に出願公開された実開昭51―23769号公報(実願昭49―93668号、考案の名称「発熱性保温袋」)により既に公知となつていた。従つて、本件発明の新規性は、構成要件Cの「二酸化マンガン、酸化第二銅、四三酸化鉄のうち一種又は二種以上を適宜混合し、」の点にあり、本件発明は、右公知の「塩化物、水、活性炭、鉄粉」の組合せでは発熱開始までの時間がかかるので、酸化物である「二酸化マンガン、酸化第二銅、四三酸化鉄」を酸化助剤・酸化促進剤として使用することにより、発熱開始までの時間がかからないようにした点に特徴を有するものである(公報2欄23行~3欄17行参照)。

右公知の発熱組成物においても、鉄の微粉末の自己酸化あるいは袋への封入時の残留酸素による酸化等の自然発生的に生じる極く少量の酸化鉄類は不可避的に存在していたのであるから、構成要件Cは、あくまでも鉄粉を使用することにより生じる自然発生の酸化鉄類とは別に、あらかじめ酸化助剤・酸化促進剤として「二酸化マンガン、酸化第二銅、四三酸化鉄」を発熱組成物中に積極的(人為的)に加えて混合することを意味する。そして、本件発明においては、鉄の微粉末と酸化剤の混合比率は適宜に選択することができるものとされているが、「二酸化マンガン」等が実施例1~6の如く五~三〇重量部程度存在していること(具体的には三〇〇メツシユの鋳鉄粉一五gに対し酸化剤二〇gの割合であり、酸化物の方が鉄粉よりも多いこと)が予定されている(公報3欄18行~4欄37行参照)。従つて、主剤である鉄の微粉末の自己酸化、袋への封入時の残留酸素による酸化、使用時に袋を振つたりすることにより生じるかも知れない酸化によるものは、本件発明の構成要件Cにいう酸化助剤・酸化促進剤としての「四三酸化鉄」等の酸化物に該当しない。

(二) イ号物件の技術的構成の評価

イ号物件は、原材料(主剤)である「鉄粉」が製造工程又は製造後使用前に一部酸化することがあつても、これは必然的に生起する自然現象であつて、あらかじめ右「鉄粉」の他に添加剤(酸化助剤・酸化促進剤)として酸化物を人為的に混入するものではない。

このようにイ号物件においては、酸化物を酸化助剤・酸化促進剤として使用していないから、発熱開始まで時間がかかる。また、イ号物件において、「鉄粉」が経時的に酸化して酸化物(酸化鉄類)が生ずるとしても微量であり、本件発明が予定しているような量ではない。

第三争点に対する判断

一  本件発明の構成要件Cの解釈

1  「特許請求の範囲」には、「鉄の微粉末」と「二酸化マンガン、酸化第二銅、四三酸化鉄のうち一種または二種以上」と記載されていて、「鉄の微粉末」と「四三酸化鉄」とが明確に区別されている。そして、「発明の詳細な説明」には、「次に述べる実施例1~6まで全部に共通して使用されている物質は①塩化物②水③活性炭そして主剤としての④鉄粉である。この組合せにより発熱実験を行つたが、発熱開始までの時間がかかるので四三酸化鉄等の酸化物を酸化助剤・酸化促進剤として使用した。」と記載(公報2欄23行~3欄6行)され、更に、実施例について、「次に本件発明に係る発熱体の酸化剤の実施例を示す。」として、五種類の酸化剤(四三酸化鉄、二酸化マンガン、酸化第二銅、四三酸化鉛及び四三酸化マンガン)を掲げた後、「これらの酸化剤を、主剤である鉄の微粉末と混合し大気中の酸素を通過し得る一つの袋に入れる。」と記載(公報3欄18行~4欄26行)されている。

2  また、「鉄粉の微粉末に塩化物と水を含ませた活性炭を加え通気性のある袋に入れた発熱体」については、本件発明の出願前である昭和51年2月21日に出願公開(実願昭49―93668・実開昭51―23769)された発熱性保温袋の実用新案登録出願願書添付の明細書の記載により既に公知となつていた(甲三の一、二)。そして、本件特許出願公告後、日本使いすてカイロ同業会等から、本件発明の構成要件中、「塩化物、水、活性炭、鉄粉」の構成は右のとおり公知であつて、「二酸化マンガン、酸化第二銅、四三酸化鉄」は発熱開始までの時間を短縮するための添加剤であるが、このような添加剤については各種の添加剤が本件発明の出願前に当業者に知られていたことなどを理由として、少なくとも三件以上の特許異議の申立てがなされ(甲一六、一九、乙一、九、一三、一五)、その結果一度は本件特許出願は拒絶査定を受けた。被告は右拒絶査定に対し審判を請求し、審判係属中に、担当特許庁審判長が審査請求代理人(被告の代理人)に対し、「本願発明は塩化物と二酸化マンガン、酸化第二銅又は四三酸化鉄とを併用する点に特徴を有するものと認められるが、この併用の利点を認めるに足る具体的データがないので、それが確認し得ない。……」と記載した尋問書(乙一一)を発したのに対し、同代理人は右尋問書に副う回答書(乙一二)を提出し、その結果、特許庁は、発熱組成物として、「鉄粉、Nacl、活性炭、水よりなるもの」等が公知であるが、これら公知技術は本件発明の発熱体を構成する構成要件の一部を開示するものの、本件発明の発熱体の構成要件全部をそなえるもの、特に「活性炭」と発熱媒体・反応促進剤としての「二酸化マンガン、酸化第二銅、四三酸化鉄」を併用したものはなく、本件発明の発熱体は、「特許請求の範囲」に記載の構成要件全部を組合せたことにより、「発明の詳細な説明」に記載された格別の効果を奏し得ているから、進歩性を有するとして、右各異議申立てをいずれも理由なしとし、原拒絶査定を取り消し、本件発明を特許した(甲一九、乙一、八、一一、一三、一五、弁論の全趣旨)。

3  以上の各事実に照らすと、「特許請求の範囲」にいう「二酸化マンガン、酸化第二銅、四三酸化鉄」が、主剤である「鉄の微粉末」とは別の原材料(酸化剤)として特定されていることは明らかである。

従つて、構成要件Cの「二酸化マンガン、酸化第二銅、四三酸化鉄のうち一種または二種以上を適宜混合し、」とは、本件発明に係る金属発熱体の製造工程において、右限定された三種類の酸化物のうち一種または二種以上を、主剤である鉄の微粉末とは別個に、酸化助剤・酸化促進剤として発熱体組成物に混合することを意味すると解するほかない。これに反する被告の主張は採用できない。

二  イ号物件の技術的立場

1  イ号物件において、原材料である鉄粉が、被告主張のとおり、製造工程又は製造後使用開始前に一部酸化することがあること、及び使用時に通気性のない外袋を破り通気性のある内袋を取り出してよく振ることにより一部酸化することがあることが認められるけれども(乙一四、弁論の全趣旨)、イ号物件の製造工程において、右鉄粉以外に、添加剤(酸化助剤・酸化促進剤)として酸化鉄類を混合しているとは認められない。

2  イ号物件のように、「鉄粉(鉄の微粉末)に塩化物と水を含ませた活性炭を加え、通気性のある袋に入れた発熱体」が、本件発明の出願前公知の技術であつたことは前示のとおりであり、このような物件においては、鉄粉に塩化物と水を含ませた活性炭が加えられることにより、原材料である鉄粉の一部が製造工程又は製造後使用開始前にそれ以上人為を加えることなく酸化したり、使用時に通気性のない外袋を破り通気性のある内袋を取り出してよく振ることにより酸化することがあるとしても、それは本件発明の出願前公知であつた発熱体に関する技術の実施に際して必然的に生起する現象であつて、本件発明の構成要件とされている三種類の酸化物(二酸化マンガン、酸化第二銅、四三酸化鉄)のうち一種または二種以上を、主剤である鉄粉とは別個に、酸化助剤・酸化促進剤として発熱体組成物中に混合するという行為とは明確に区別されるべきである。従つて、これに反する被告の均等などの主張も採用できない。

三  まとめ

以上によれば、イ号物件は本件発明の構成要件Cを充足しないから、イ号物件は、本件発明の技術的範囲に属さないというべきである。

(裁判長裁判官 庵前重和 裁判官 長井浩一 裁判官 森崎英二)

〈以下省略〉

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